
Key Takeaways
- AI人材の確保は採用より社内育成が現実解で、自社の業務を知り抜いた社員にAIの使い方を教えるほうが早くて確実。
- 育てるAI人材は「使いこなす人材」「業務に組み込む人材」「推進役」の3タイプに分かれ、いずれも高度なプログラミング能力は必須ではない。
- IPA「DX動向2026」ではDX推進人材の量が不足と答えた企業が85.5%に上る一方で人材像を設定して社内に周知している企業は16.2%にとどまり、育成の出発点は人材像を決めることにある。
- 育成は全社研修による底上げ→実務テーマでの実践→推進役の任命の3ステップで進め、推進役には肩書だけでなく時間と権限をセットで渡す。
- 外部パートナーは丸投げ型でも独学型でもなく伴走型を選び、「契約が終わったとき社内に何が残るか」を基準に判断する。
AI人材とは、生成AIを業務の道具として使いこなし、業務に組み込んで社内の活用を推進できる人材のことです。
AI活用を進めたいのに社内に分かる人がおらず、求人を出しても応募が来ないまま計画が止まっている中小企業は少なくありません。ツールの比較記事が答えてくれないのは、いま社内にいる社員の誰を・どの順番で・どこまで育てれば足りるのかという問いです。読み終えるころには、自社で育てる3タイプの定義と、最初の研修から推進役の任命までの3ステップが手元に残ります。
AI人材は採用で集めるより、いまいる社員を育てるほうが早くて確実
AI人材の採用が難しい理由は、はっきりしています。
- 獲得競争が激しい:専門人材は大手企業やテック企業との奪い合いになります
- 見極めが難しい:社内にAIに詳しい人がいない状態では、候補者のスキルを適切に評価できません
- 業務知識がない:仮に採用できても、自社の業務や商習慣を知らなければ成果が出るまで時間がかかります
不足感は数字にも出ています。IPAの「DX動向2026」では、DXを推進する人材の「量」について「やや不足している」「大幅に不足している」と答えた企業が合計85.5%でした。「大幅に不足している」は50.1%で、2023年度の62.1%・2024年度の58.5%からは下がっていますが、従業員100人以下の企業でも不足と答えた割合は6割を超えています。AI導入・運用上の課題として最も多かった回答も「専門人材が不足している」の50.1%でした(IPA「DX動向2026」、2026年7月30日発行/数値は本文PDFの4.2節と3.5節/調査期間2026年4月中旬〜6月中旬・1,799社の有効回答。人材の設問はDXに取り組んでいる企業が対象)。
同じ調査で足りない人材の種類を見ると、育成の方向が見えてきます。不足と答えた割合の減少が目立ったのは「AIツールを活用して、自社の事業に活かせる従業員」と「AIに理解がある経営・マネジメント層」でした。「現場の知見と基礎的AI知識を持ち、自社へのAI導入を推進できる従業員」の不足感は高いままです(前掲IPA「DX動向2026」4.4節)。不足しているのは「現場の知見」が要件に入っている人材で、これは外から採用しても手に入りません。いま社内にいる社員は自社の業務を知り抜いています。AI活用の成果は「AIの知識×業務の知識」の掛け算で決まりますが、後者をゼロから教えるほうがはるかに大変です。業務を知る社員にAIの使い方を教えるほうが早くて確実というのが、社内育成が現実解である理由です。
もちろん採用が無意味だという話ではありません。その場合も、候補者のスキルを見極められる人が社内にいる状態を先に作る必要があります。順番としては、育成が主で採用が従と考えるのが安全です。
育てるAI人材は「使いこなす」「業務に組み込む」「推進役」の3タイプに分かれる
「AI人材」と聞くと、機械学習を専門とするエンジニアやデータサイエンティストを思い浮かべがちです。しかし中小企業のAI活用の現場で実際に必要なのは、次の3タイプです。
タイプ①:使いこなす人材
生成AIを日常業務の道具として使える社員です。文章作成や要約・調査・資料づくりに特別な技術は不要で、全社員がここを目指せます。
タイプ②:業務に組み込む人材
個人の作業効率化にとどまらず、業務フローそのものにAIを組み込める人材です。「この工程はAIが下書きし、人が確認して確定する」といった業務の再設計ができる、現場と技術の橋渡し役です。
タイプ③:推進役(AI推進リーダー)
部門を横断して活用を広げ、ルール整備や取り組みの優先順位付けを担う人材です。問われるのは技術力よりも、自社の業務を知っていることと周囲を巻き込む力です。
重要なのは、3タイプとも高度なプログラミング能力が必須ではないことです。だからこそ社内育成という選択肢が成立します。
この分け方は、経済産業省とIPAが人材育成の指針として定める「デジタルスキル標準」の二層構造と重なります。同標準は、全てのビジネスパーソンを対象にした「DXリテラシー標準(DSS-L)」とDXを推進する人材の役割を定義した「DX推進スキル標準(DSS-P)」で構成されます。DSS-Pの役割のひとつであるビジネスアーキテクトは、業務の変革で実現したい目的を定義して業務プロセスを設計し、関係者をコーディネートしてプロセス全体を牽引する役割と定義されています(IPA「デジタルスキル標準(DSS)策定の背景・目的」および「DX推進スキル標準(DSS-P)概要」。2026年4月公表のver.2.0)。本記事のタイプ①はDSS-Lの全員向けリテラシーにあたり、タイプ②と③はビジネスアーキテクトの役割を中小企業の規模に合わせて2つに分けたものです。
育てる順番も明快です。まず全社でタイプ①の裾野を広げ、その中からタイプ②の素質を持つ人を見つけ、実践を経てタイプ③を任命します。裾野が広いほど、上のタイプは見つけやすくなります。
育成は、誰をどこまで育てるかの人材像を決めて社内に伝えることから始まる
研修の申し込みより先にやることがあります。育てる人材像を決めて社内に伝えることです。IPA「DX動向2026」では、DXを推進する人材像を設定して社内に周知している企業は16.2%で、2024年度の20.4%から下がりました。DX人材の評価基準は「基準はない」が76.1%、DX推進に必要なスキルを「把握できていない」企業は52.8%です。一方で必要なスキルを把握している企業では人材の「質」が「大幅に不足している」との回答が40.6%だったのに対し、把握できていない企業では64.0%と大きな差がありました(IPA「DX動向2026」4.3節、2026年7月30日発行。いずれもDXに取り組んでいる企業が対象)。人材像とスキルを言葉にしている企業ほど、不足感が小さいということです。
中小企業で人材像を決めるなら、前節の3タイプをそのまま使えます。ただし「タイプ①を全員」と書くだけでは伝わりません。「議事録の要約と問い合わせ返信の下書きをAIで作れる」「見積書の作成工程にAIの下書きを組み込める」のように、自社の業務名で到達点を書きます。同じ調査では、AIの影響を踏まえた人材育成・確保の対応として「効率化・自動化が見込まれる既存業務の把握」に着手している企業は19.0%でした。それ以外の項目は1割に満たず、ほとんどの項目で「検討の予定はない」が3割以上を占めています(IPA「DX動向2026」4.5節、2026年7月30日発行)。人材像を業務名で書くには、先にどの業務がAIで変わるかを把握しておく必要があります。棚卸しの手順はAI導入の進め方8ステップのステップ2にまとめています。
育成は「全社研修で底上げ→実務で実践→推進役を任命」の3ステップで進める
人材像が決まったら、育成は3ステップで進めます。順番を入れ替えないことが大切です。
ステップ1:全社研修は自社の実業務を教材にし、まずタイプ①の裾野を広げる
まず全員をタイプ①に引き上げます。ポイントは一般論の講義ではなく、自社の実業務を教材にすることです。題材に困ることはありません。総務省の「令和8年版 情報通信白書」によると、何らかの業務で生成AIを利用している日本企業は86.4%に達しています(活用方針を「わからない」と答えた企業を除いた集計)。業務類型では「議事録・メール作成補助」での活用が約7割と最も高く、導入効果を実感する割合も同じ類型が約7割で他を大きく上回りました(総務省「令和8年版 情報通信白書」生成AIの業務利用状況。2026年7月24日公表/2025年度企業向け調査)。最初の研修で扱うのは議事録とメールで十分です。「自分の仕事がこう楽になる」という体験を最初に作ることが、次のステップに進む力になります。研修の組み立て方はAI研修が「意味ない」で終わる理由と設計の5原則で詳しく扱っています。
同じ白書は、先進企業も比較的安価で導入しやすい汎用AIを社員の個人作業に浸透させるところから段階的に進めていると整理しています。ただし汎用ツールを配るだけでは、一部の積極的な社員が活用するのみで全社的な活用と効果創出に至らない可能性があるとも指摘しています(同白書「AI導入・活用による効果創出のステップ」、2026年7月24日公表)。研修を一度きりの座学で終わらせず、次のステップ2へ進む前提で設計する理由はここにあります。
ステップ2:実務テーマで実践し、タイプ②の候補を見つける
研修の次は、実際の業務課題を題材にした実践です。見積書の下書きや議事録の要約・問い合わせ対応の支援など部門ごとに1テーマを選び、小さく試して改善を重ねます。テーマ選びの基準は「頻繁に発生し、時間を取られていて、失敗しても致命傷にならない業務」です。最初から難しい業務を選ぶと、実践はそこで止まります。候補になりやすい業務は中小企業がまず自動化すべき3つの業務に挙げています。
この過程でタイプ②の候補者が自然と浮かび上がります。自分から手を挙げる人や頼まれなくても工夫を始める人が必ず現れるからです。ここで見つかった人を、次のステップで正式に推進役にします。
ステップ3:推進役を任命し、時間と権限をセットで渡す
浮かび上がった人材を正式に推進役として任命します。大切なのは肩書だけでなく、時間と権限をセットで渡すことです。
- 業務時間の一部を推進活動に充てることを、公式に認める
- ツール選定や小さな試行についての裁量を渡す
- 経営層への報告ラインを作り、現場で孤立させない
「本業のかたわらでボランティア的に」という体制では、推進役は必ず疲弊します。任命と権限付与は経営の仕事です。総務省の同じ調査では、生成AIによる業務変革について「組織的な取組はない」と答えた日本企業は27.0%で米国・ドイツ・中国より顕著に高く、中小企業で特にその傾向が強いと報告されています。組織的に取り組んでいる中小企業のなかでは「経営幹部から各部署に対して実施事項や達成目標が提示されている」が最も高い回答で、白書は中小企業のAI活用ではトップダウンの関与がキーポイントだと指摘しています(同白書「組織的な取組状況」、2026年7月24日公表/2025年度企業向け調査)。推進役を決めるのも、その人に達成目標と裁量を渡すのも、経営者にしかできない仕事です。
育てた人材が動き続けるには、プロンプト共有の場と月1回の共有会から整える
研修をやって終わりでは、数か月で元に戻ります。定着の進め方(兆候チェックリスト・定着しない5つの理由・4つの打ち手)はAI導入が定着しない理由と対策にまとめているので、本記事では育成の側から見た仕組みを4つだけ挙げます。
- プロンプト共有の場を作る:うまくいった指示文を貼る場所(チャットのチャンネルや共有ドキュメント)を用意し、個人のコツを組織の資産にする
- 事例共有会を定例化する:月1回でも「今月のAI活用」を発表し合う場を設け、成功だけでなく失敗も共有する
- 評価に組み込む:AI活用による業務改善を人事評価や表彰の対象にし、「使った人が報われる」設計にする
- ルールを整備して安心して使える状態にする:セキュリティルールの整備は「使うな」ではなく「こう使えば安全」を示すためのもの
4つすべてを一度に整える必要はありません。まずはプロンプト共有の場と月1回の共有会の2つだけでも、現場の空気は変わり始めます。
外部パートナーは丸投げ型でも独学型でもなく、伴走型を選ぶ
社内育成といっても、すべてを独力でやる必要はありません。外部の使い方を誤ると、内製化は進みません。
- 丸投げ型:構築も運用も外部任せ。立ち上がりは早いものの、社内に何も残りません
- 独学型:すべて自前で進める。外部への支出は抑えられますが、遠回りと挫折が起きやすくなります
- 伴走型:外部の専門家と一緒に手を動かし、ノウハウを社内に移転していく
育成の観点で選ぶべきは伴走型です。パートナー選定の判断基準はシンプルで、「契約が終わったとき、社内に何が残るか」を問うことです。研修や構築の内容そのものよりも、社員が自分たちで回せるようになる設計になっているかを見てください。相談先の種類ごとの見分け方はAI導入は誰に相談すべき?支援会社4タイプの選び方で整理しています。
AI人材の育成に関するよくある質問
Q. AI人材の育成は、誰から始めればよいですか?
全社員のタイプ①からです。特定の人を先に選んで専門教育を受けさせるより、まず全員が日常業務でAIを使える状態を作るほうが、タイプ②の候補が見つかりやすくなります。順番と理由は本文の「3タイプ」の節と「3ステップ」のステップ1にあります。
Q. 推進役に向いているのはどんな社員ですか?
技術に詳しい人より、自社の業務を知っていて周囲を巻き込める人です。ステップ2の実践で自分から手を挙げた人や頼まれなくても工夫を始めた人が候補になります。IT担当を自動的に推進役にすると、業務側の巻き込みで苦労することが多いので注意してください。
Q. 社内育成と並行して採用も進めるべきですか?
進めてよいのは、候補者のスキルを見極められる人が社内にいる状態になってからです。見極める人がいないまま採用すると、条件のずれや業務知識の不足で成果が出るまで時間がかかります。理由は本文の最初の節に書いたとおりで、順番は育成が主で採用が従です。
Q. 育成にかかる期間はどのくらいですか?
社員数と対象業務の数によるので、一律には言えません。目安になるのは期間ではなく、ステップ2でタイプ②の候補が浮かんだかどうかです。候補が浮かんだら推進役の任命に進めますし、浮かばなければ研修の題材が自社の業務から離れていないかを見直します。
SAIの視点:育成の成否は研修の内容より「研修のあとに誰が何をするか」で決まる
私たちが育成の相談で最初に確認するのは、研修のカリキュラムではなく「研修が終わった翌週に誰が何をするか」が決まっているかです。決まっていない会社では、研修の中身を詰める前に推進役の候補と最初の実務テーマを一緒に決めるところから始めます。
株式会社SAIのAI導入支援は、AI活用診断と業務の棚卸し/実装と業務への組み込み/AI研修と社内教育/定着支援と内製化の4領域を、エンジニアが現場に入る形で担います。現場に入るのは経験3〜5年のエンジニアで、課題の洗い出しから最小の実装までは訪問中心、運用が回り始めてからはリモート中心に切り替えます。契約は月額制で、稼働は週1〜3日が目安です。本記事の言葉でいえば、ステップ2の実践に社外のタイプ②として入り、社内のタイプ②と③が育つにつれて関わりを減らしていく形です。
BCP(事業継続計画)支援の企業では、業務で使えるプロンプトの型をハンズオン形式で教える研修から始めました。その後にヒアリング議事録の要約やBCP文書のドラフト生成を日常業務に組み込み、スタッフ自身が使い方を改善・拡張できる状態まで伴走しています(事例:BCP支援企業のAI活用定着)。
採用を並行したい場合の相談も受けますが、SAI自身は有料職業紹介の許可を持たないため、紹介はパートナー企業経由になります。育成で見極められる人が育ってから採用に進む順番は、相談の場でも変わりません。
最初の打ち合わせの議題は2点です。3タイプのうち自社に欠けているのはどれか。推進役の候補が一人でも浮かぶか。人材像の1枚がまだなくても構いません。お問い合わせください。