
Key Takeaways
- 海外の広告代理店でAIが入っているのは制作だけではない。提案とリサーチ・運用・レポーティング・データ基盤まで工程を横断して使われている。
- 提案・制作領域で効いているのは素材生成そのものより「ブリーフから成果物までの日数」。RappはDigidayに対し3〜4週間から1日、Mekanismは8週間から1週間への短縮を述べている。
- 運用領域では、素材の生成から入稿・予算配分までを一つの流れとして自動化する例が出てきている(Advolve)。
- レポーティングは工数削減が測りやすい一方、効果は集計元のデータ基盤の整備状況に左右される(LG Ad Solutions、Tinuiti)。
- 公表数値の多くはベンダーや当事者の自己申告値で、比較対象や測定方法は非開示のことが多い。自社の工程を測ったうえで読み替える必要がある。
「広告代理店はAIの影響を最初に受ける」とよく言われますが、その一文からは自社のどの工程に手を付けるかは見えてきません。本記事は海外の代理店とプラットフォームが公表した広告代理店のAI活用事例を、仕事の順に並べたものです。数値は出典の記載どおりに引用しますが、そのほとんどは当事者やベンダーの自己申告値なので、自社の見込みに置き換えるのではなく「どの作業を機械に渡したか」のほうを読んでください。
広告代理店の工程とAIの使いどころを1枚に
下の図は、事例を並べる4工程と、人が握り続ける判断の対応を整理したものです。このあとに広告主の内製化支援を加えます。

業種をまたいだ同じ整理は製造業の生成AI活用にもまとめています。広告主への提案の前段にある反響対応や架電は、営業代行のAI活用事例で同じ形に並べました。物件広告の文章生成やバーチャルステージングを扱う不動産売買のAI活用事例も、同じ対応マップの形で整理しています。
提案とリサーチ:オリエン対応の下ごしらえ
企画と提案の成果物は文書とスライドです。生成AIの得意分野と重なります。
MERGEは、ヘルス&ウェルネス領域に強いマーケティング/テクノロジー代理店です。Google Workspace内のGeminiで、戦略ドキュメントやブリーフのテンプレート作成・会議サマリ・Docs上での顧客との共同編集をこなしています。Google Workspaceの公式ブログによれば、200人・3か月のパイロットで89%の継続利用率を記録しました。クライアント業務のターンアラウンドが33%改善したとも同ブログは記載しています。パイロット後は全社へ展開されました(Google Workspace Blog、2025年8月20日)。
**Rapp(米国)**は、クライアントの過去データを収めたデータベースからAIエージェントで情報を引き出し、提案の出発点にしています。同社EVPのJames Heimers氏はDigidayに対し、従来3〜4週間かかっていたブリーフから画像やコピーまでの工程が1日で起こり得ると述べました。ただし同氏は承認プロセスが最大の詰まりだとも述べ、時間の削減幅を約50%としています(Digiday、2025年10月30日)。
Mekanismは、動画制作にGeminiベースのエージェントを入れています。共同創業者のIan Kovalik氏はDigidayに対し、動画制作にかかる平均期間が8週間から1週間に下がったと述べました。同氏は、まだ実験段階だとも語っています(Digiday、2025年10月30日)。
クリエイティブ制作:ブリーフから広告素材まで
代理店の工数がもっとも厚いのが制作です。公表事例が集まっているのも、この領域です。
Monksは、睡眠家電ブランドHatchのキャンペーンで調査から制作・配信までを生成AIで通しました。Geminiで話題や検索クエリと競合を分析し、コア顧客の外側に3つのペルソナを置きました。そのペルソナをGeminiに演じさせて「インタビュー」し、訴求の軸を詰めています。素材はImageFXで作りました。Think with Googleによれば、他のキャンペーンと比べてクリック率は80%改善・エンゲージした訪問者は46%増・購入あたりのコストは31%改善しました。従来の進め方と比べると投下時間は50%削減・コストは97%削減とThink with Googleは記載しています。ただし比較対象のベースラインは記事に定義されていません(Think with Google、2024年9月)。
**Pencil(The Brandtech Group傘下)**は、広告クリエイティブの生成と最適化に特化した生成AIプラットフォームです。TikTokやInstagramなどの配信面と直接つながります。BCGのプレスリリースによれば、世界で10番目までに入る大手広告主3社向けに235,000点のコンテンツを制作しました。その成果として平均40%の効果向上・62%のコスト削減・55%の制作時間短縮をBCGは挙げています(BCGプレスリリース、2025年5月20日)。
広告運用:素材づくりから入稿・予算配分まで
制作と運用が別々の作業として残る限り、速くなるのは片側だけです。両方を一つの流れにした事例があります。
Advolveは、デジタル広告の獲得プロセスを自動化するプラットフォーム企業です。顧客にはiFoodやCognaといったブラジルの大手企業が並びます。Claudeを中心にしたAIエージェント群が、背景・アート・フォント・コピーというレイヤーごとに素材を生成し評価します。そのうえで配信と予算配分の最適化まで回します。Anthropicの公式カスタマーストーリーによれば、運用作業の時間は90%削減・顧客のROASは15%向上しました(Anthropic カスタマーストーリー)。
Incubetaは、800名超の体制を持つグローバルなデジタルマーケティング企業です。Gemini for Google Workspaceを、メールと文書作成・市場調査・画像の選定・広告コピー生成・クライアント向けレポートまで横断で使っています。Google Workspaceの公式ブログによれば、制作にかかる時間は「日単位から分単位」へ下がりました。短期キャンペーンで最大50%のROI改善につながったとも同ブログは記載しています(Google Workspace Blog、2024年10月16日)。
工程をまたいで自動化するときの切り分け方は、営業自動化の対象業務の選び方も参考になります。
レポーティングとデータの土台
レポート業務は成果が測りやすい領域です。ただし効果は、集計元のデータがどれだけ整っているかに左右されます。
LG Ad Solutionsは、自社と外部のエージェントを束ねる「Agentiv」というプラットフォームを持ちます。そこに載せた「メディア効果エージェント」が、キャンペーンレポートの集計を担います。同社CTOのDave Rudnick氏はDigidayに対し、集計にかかる時間が2日から5時間に下がったと述べました。最終的に最大30種のエージェントを含む構想で、金銭のやり取りを伴う処理は任せない方針だとDigiday(2025年10月30日)は伝えています。
**Tinuiti(米国)**は、Fivetranのケーススタディで米国最大の独立系パフォーマンスマーケティング代理店と紹介されています。100以上のマーケティングプラットフォームとデータソースを、Amazon S3上のデータレイクへ集約しました。Fivetranのケーススタディによれば、データ取り込みパイプラインの設定は2〜4週間から1時間未満になりオンボーディングは120倍速くなりました(Fivetran ケーススタディ)。
レポートの自動化に手を付けると、たいていは手前のデータ整備で止まります。着手の順番は脱Excelの進め方も参考にしてください。
広告主の内製化に、代理店として伴走する
広告主が制作を内製化する動きも進んでいます。仕事が減る話にも見えますが、その生産ラインを代理店が一緒に作る例が出ています。
**Unilever(英国・グローバル展開)**は、ホームケア部門向けのAIデザインスタジオ「Sketch Pro」を広告代理店グループIPGの制作会社IPG Studiosと共同で立ち上げました。Marketing Diveによれば、Adobe FireflyやGoogle Veo 3を含む複数のAIプラットフォームを使っています。コンセプトを2時間以内に消費者テスト可能な素材へ仕上げる能力を掲げ、コンテンツを3倍速く届けることが目標だとMarketing Diveは伝えています。ジャカルタのチームはラマダン期に、RinsoやSunlightのTikTok上の可視性を22.5%高めたとMarketing Diveは記載しています(Marketing Dive、2025年7月7日)。
**Mondelēz International(米国)**は、Publicis GroupeとAccentureと組んでマーケティングコンテンツ生成のAIプラットフォームを構築しました。Reutersによれば、制作コストは30〜50%削減されています。米国のChips Ahoyとドイツのミルカのソーシャル向けコンテンツで既に使われているとReutersは伝えています(Reuters(Yahoo Finance転載)、2025年10月24日)。
日本の代理店に当てはめる前に——承認・規制・データの3つの前提
海外の数値をそのまま自社の見込みに置き換えるのは難しいと考えています。理由の一つは承認の速度です。RappのHeimers氏がDigidayで承認を最大の詰まりだと述べたとおり、制作だけが速くなっても全体の日数は縮みません。日本では広告主側の稟議と媒体側の考査が挟まります。ここが動かなければ、効果は限られます。
表示に関する規制も前提が違います。景品表示法や薬機法にかかる表現の責任は、生成された文言であっても出稿側と制作側に残るとされます。AIが作った素材の権利や、実在の人物に似た生成画像の扱いも論点です。ガイドラインの更新が続く領域なので、社内の確認フローを先に決めておくほうが安全でしょう。個別の判断は法務や専門家に確認してください。
データの持ち出しも先に決めます。クライアントの広告アカウントや顧客データを外部のAIへ通すには、契約と社内規程の両方を見ることになります。本記事の海外事例の多くは、自社のワークスペース内か自社基盤の上で動くAIです。個人利用のチャットに貼り付ける運用が広がると、後から止めるほうが大変になります。ルールの決め方は生成AIの社内利用ルールの作り方にまとめています。
日本の大手が公表している数値
日本の大手も数値を公表しています。電通報によれば、電通グループは「AI For Growth 3.0」の発表で2026年度に年間20万時間の業務効率化を見込むとしています。デジタル広告領域では最大95%の工数削減を達成済みとし、社内で4,500超のAIエージェントが稼働しているとしています(電通報、2026年6月5日)。サイバーエージェントは「極予測AI」についてAIクリエイターの制作効率5.6倍・総合的な生産性約11倍と発表し、取引企業の8割に導入されているとしています(サイバーエージェント ニュースリリース、2024年12月12日)。電通デジタルの「∞AI Ads」は200社超に導入され、制作工程の作業は95%削減・広告効果は平均1.5倍と同社CAIOの山本覚氏が日経クロストレンドで述べています(日経クロストレンド、2026年4月14日)。いずれも自社申告値です。
広告代理店のAI活用に関するよくある質問
Q. 広告代理店がAIを入れるとき、どの業務から始めるのがよいですか?
公表数値の大きい順ではなく、社内で完結する工程から始めるのが現実的です。レポートの集計や提案資料の下ごしらえは、クライアントの承認を挟まずに試せます。制作や配信では、素材の権利とデータの扱いを先に決めることになります。定着までの進め方はAI導入が定着しない理由と対策を参照してください。
Q. 生成AIで作った広告クリエイティブは、そのまま入稿してよいですか?
媒体社のポリシーと広告主の社内基準の両方を確認する必要があります。素材の権利、人物の肖像、景品表示法や薬機法にかかる表現が主な論点です。人の確認を挟む前提で運用を組むのが無難で、個別の判断は専門家に確認してください。
Q. 海外事例の「工数90%削減」は、自社でも再現できますか?
そのまま当てはめるのは難しいと考えています。公表されている数値の多くは当事者やベンダーによる自己申告で、比較対象や測定方法が開示されていないためです。まず自社の工程を分解し、どの作業に何時間かかっているかを測るほうが確実です。
Q. AIが広がると、広告代理店の仕事は減りますか?
広告主が制作を内製化する動きは、実際に進んでいます。一方でUnileverとIPG Studiosの例のように、その内製ラインを代理店側が一緒に作る形も出てきました。制作の受注量だけでなく、仕組みの設計と運用に軸足を置く選択肢があります。
SAIの視点:制作と運用の「手が足りない」を仕組みで埋める
株式会社SAIは、広告代理店の制作・運用業務を自動化した事例を持っています。ホームページやLPの制作では、テンプレートと生成AIで構成・文章・デザインの下書きを自動生成しました。SNS運用は投稿文と画像案の生成から予約と集計までを仕組み化し、広告運用は配信データの集計と改善提案のたたき台をAIが作る形にしました。制作のリードタイムが短くなり、同じ人数で対応できる案件数が増えています(広告代理店の制作・運用を自動化した事例)。
進め方は2つあります。1つはAI導入支援です。どの工程に何を入れるかの設計から、現場で使われ続ける状態にするところまでを一緒に進めます。承認フローや規制確認が残る限り、制作だけを速くしても全体は縮みません。工程の切り分けから入るのは、このためです。
もう1つはFDE伴走開発です。エンジニアが業務のなかに入り、レポート集計や配信データの基盤そのものを作ります。自社の新規サービスとして立ち上げる話なら、成果連動で開発を請け負う自責〜JISEKI〜という形もあります。
どの工程から手を付けるか決まっていない段階でも構いません。最初のご相談では、承認と確認にかかっている時間を含めて工程を分解するところから始めます。お問い合わせください。